筆者が大学で実際にギリシャ語とヘブル語を学んだ時の経験から言えば、アルファベットを甘く見ているのか、それをきちんと覚えようとしない学生は、後々、苦労して成績も芳しくなかったことが多かったように記憶している。 最初にアルファベットをまじめにきちんと学ばないと、どうなるかと言うと、後々になって、教科書が読めない、先生の言っていることが分からない、文法を理解する・しない以前に単語が読めない、という状況に落ち込んでゆくのだ。学期中、何週間も経ってからその過ちに気づいても、基本に戻ってやり直す訳にもいかず、そのまま、ずるずると成績が悪くなり、結果的に不合格になってしまうというケースも。・・・でも、信仰生活に行き詰まったら、キリスト者はいつでも主イエスの下に戻るべきだし、きっとそこに新しい出発があって、その悔い改めを神様はきっと喜んでくださると思うのである。・・・というより、神様の前に自分が何かを悟ったと思って、もう子供じゃないと言いながら生きることは大変だ。むしろ、こどものようにあることのほうが、楽ちんだし、心も平安であり続けることができるのではないかな・・・。などと思う一日であった。
みなさんには、神様の祝福があります。
それに、私たちが気づくことができますように。