大みかキリストの教会 OMIKA CHURCH OF CHRIST
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イザヤ書27章から気づくこと

1/26/2016

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筆者は、毎月二回のペースで、家庭集会でイザヤ書を学んでいる。参加者の誰一人として、この壮大な預言書を最初から最後まで精査したことが無い。そのような中で、みんなで手探りしながら毎回読み進み、そしてみ言葉に耳を傾けている。そして、現在27章である。そこで気づいたことを一つシェアしたいと思う。

イザヤ書27章12節:
『その日、
エホバはユーフラテス川から
エジプト川までの
穀物の穂を撃ち落とされる。
イスラエルの子らよ。
あなたがたは、ひとりひとり
拾い上げられる。』

神の審判が全土に下るとき、カナンの地の北から南まで、イスラエルの領土全土にわたって、主なる神の裁きが下る。しかし、その裁きの最中に、ひとつひとつ、神が目を凝らして探し出して慈悲をもって拾い上げる、残された者たちがいる。審判のさ中にあって、神の恵みによる救済の手が、差し伸べられている。暗闇の中にあって輝く、光である。

同じような、神の審判と、神の救いが、同時に地にあって実現した瞬間が、別にもある。その日、人となられた神が死んだ。その死のゆえに、全人類が裁かれ、そして死んだ、その日である。その日こそ、イエス・キリストの十字架の日である。そして、全人類が死に、全土が暗くなったその日、同時に、主なる神は、全人類の中から「一人」拾い上げられた。

「この者だけは、
私の前に正しく、死に値しない。
死んではならない。
わたしの前にあって、
生きなければならない。
なぜなら、この者は、
わたしのひとり子だからだ。」

この、主なる神のご選択と、ご決意が、全人類の中で唯一、義なるお方である、主イエスのご復活につながる。全人類の中で、最初に神の前に生きられた、初穂として、そして主イエスを信じる者たちの長兄としてのご復活である。

その時も、今も、これからも、
打ち倒された穂、一度裁かれ死んだ人から、
神が拾い上げられたのは、
過去も、現在も、未来も、
ただ一人、
主イエス・キリストのみである。

その意味では、現在地上あって、主の十字架の死によって裁かれて、死んで横たわっている全人類の誰一人として、神に拾っていただける者はいない。神に拾っていただくために、人類ができることはただ一つである。それは、父なる神に既に拾っていただいているお方につながることである。私たちは、主イエスにつながることで、神様に拾っていただけるのである;命を与えていただけるのである。自分で、いくら、拾ってもらおうと努力しても、それは無駄なのである。
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伝道:キリスト者は、人に何を伝えようとするのか。

1/15/2016

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筆者は、毎週の火曜日(昨日)に、
近所の大学での勤務時間を持っている。
学生たちとの交わりを持つためだ。

時間に都合が付けば、
大学のキリスト教センターで行われる
チャペル礼拝に出席している。
昨日のチャペルでのスピーチは、
大学キャリアセンター職員の女性の方による
就活についての、お話であった。
もちろん、私は現在、
就職活動をしている訳ではないので、
最初は、お話しにあまり興味が無かった。

しかし、ある時、その無関心が一変して、
身を乗り出して聞こうとする態度に変わった。
それは、スピーチをする人が、
自分自身の体験(失敗談)を語り、
そこで感じた事を、
かつて自分自身にインパクトを与え、
今なお自分自身の実存に深く関わる真実
として、
誠実に相手に伝えようとている、
と感じた時だった。

私は、
ここに、福音伝道の一つの在り方を見た
と感じた。

キリスト者は、伝道に熱心になろうとする。
私も、かつて伝道に熱心になろうとした。
しかし、私の言葉も努力も空回りした。
なぜか。

そこに「私」の「真実」が伴っていなかったからだ。

私の、
私の実存に深く関わる真実を伝えるべきなのに、
キリスト教の情報、規律、教理、教条などという、
自分の「外」に書かれている様々な規定を
相手に信じさせることで、
「伝道一丁上がり!」
という目標と態度で伝えていたからだ・・・と思う。

伝道に先立つべきものは、
私の中に生きる、キリストの真実。
そこにある、喜び。そこに生ずる、愛。

伝道したいと思うなら、まず、
その喜びと愛、様々な御霊の実を
自分の真実として、確信し、実感し、
そして体験してゆかねばならない。
その真実を現すとき、
人は、キリスト者の言葉に、
最初は無関心であっても、やがて、
耳を傾けるかもしれない。

その真実が無いまま、
伝道集会や様々なイベントを行っても、
空回りしてしまうのではなかろうか。

キリスト者の側で一方的に「伝道やったぞ!」
という満足感を与えるかもしれないが
そのメッセージが相手に伝わるかどうか、
相手に聞いてもらえているかどうかは別問題である。
Picture
無人の舞台で一人で踊る。
それは自分と神様の間での踊り。

しかし、その踊りを見る観客が一人もいないのに、
「みなさんありがとう!」と歓喜しているとしたら、
それは単なるナルシズムである。

舞台を降りて、衣装を脱いで、
普段着に着替えて、
劇場を出て、
みんなが居る街中で、
彼らが居るそれぞれの場所で、
笑顔で、真実を話そう。
そして相手の心に耳を傾けよう。

伝道とは、そういう単純な、
しかし、自分自身の真実を、誠実に伝えようとする、
ある意味、
自分自身の「全人格を賭けた」
使命なのだから。
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新年おめでとう。

1/3/2016

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日本では、グレゴリオ暦(太陽暦)に従って、
新年を1月1日に祝う。
ユダヤ人のカレンダーでは、
これと異なる。

Wikipedia参照

ユダヤ暦は太陰暦(月の満ち欠けに基づく暦)で、
新年の最初の月は「ニサン:Nisan」の月と呼び、
これはグレゴリオ暦では4月ごろである。
この「ニサンの月」の14日目~21日目が、
過ぎ越しの祭り(Passover)である。
主イエスは、
この過ぎ越しの祭りの最中に
エルサレムで十字架にかかられ、
復活されたのである。
このため、イースター(復活祭)は4月ごろである。

この過ぎ越しの祭りの50日後に開かれる祭りが
「五旬節」、または「ペンテコステ」である。
このペンテコステの時期に、
弟子たちは聖霊から力を受けて、
主イエスの福音伝道を継承したのである。

***

ユダヤ人中心の初代のキリスト教会が、
その新年において記憶したであろうことは、
ニサンの月に起こったこと、
すなわち、
主イエスの死と復活のことであったのかも知れない。

復活された主は、
弟子たちに、様々なな場所で、
彼らが居たそれぞれの場所に現れて、
一度、散り散りになってしまった彼らを
再び呼び集められた。

そして呼び集められた弟子たちは、
50日の間でエルサレムで主イエスに聞き、
そしてひっそりと身を潜めて、
聖霊を待ち望む。

1月1日、そしてこの新年の月。
キリスト者は、何をするべきか。

新年を祝って、
自分自身と教会の力を信じて、
力強い歩みを期待するべきか。
・・・それは間違いかも知れない。

新年にあたって、
私が考えるべきことは、
主イエスの死と復活に思いを寄せ、
主イエスに聞き、
ひっそりと、神様のみもとで息をひそめ、
聖霊から力を受けることを期待して
静かに「待つ」ことかもしれない。

大きな変化の前には
静けさがある。
いや、静かに時を待つことが無ければ、
大きな変化は実現しないのかもしれない。

2016年度がどのような年になるか、
私にはわからないが、
主イエスに聞き、
神の前に静かにたたずむことを
忘れないようにしたいと思う。

自分自身の力で成し遂げられることなど、
最初からたかが知れているのだから。
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